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IBC岩手放送

 

IBC岩手放送|岩手百科事典

2021年05月18日(火)

巖手毎日新聞

いわてまいにちしんぶん

1899年(明治32) 2月、 高橋嘉太郎によって盛岡で発刊され、『巖手日報』にとっては強力なライバル紙となった。『巖手日報』が盛岡銀行をバックとしたのに対し原敬の援助を受けた『巖手毎日』は岩手銀行に頼ったため、両紙の競争は、そのまま両銀行の対立でもあった。両紙の競争は、両社に優れた新聞人を育てるきっかけともなった。こうして両紙は明治・大正・昭和の3代にわたって激しい報道合戦を展開したが、『巖手毎日』は原敬の暗殺事件を機に『巖手日報』に追い上げられ、そのうえ、 1927年(昭和2)の銀行パニックの影響を受けて経営難に陥り、 1933年4月3日廃刊となった。『巖手毎日』を創刊した高橋嘉太郎は1852年(嘉永5)北上市二子の農家に生まれ、創刊当時は47歳だった。『巖手毎日』は優れた記者を多数育成したが、そのナンバーワンは長期にわたって編集長を務めた岡山儀七である。岡山は俳句もよくし「不衣」と号していた。岡山の編集長時代の紙面は格調高く、読者から好評を得たが、後年、岡山の退社と後藤清郎の巖手日報社入りを機に、紙面評価は逆転した。

Written by 阿子島寛

岩手百科事典とは

「郷土のすべてを知りたい」という県民の思いにこたえ、岩手放送開局25周年事業として1978年に刊行。10年後の1988年に補訂し「新版岩手百科事典」を刊行した。岩手の自然・歴史・地理などあらゆる分野・領域で5千を超える項目を網羅、集大成。
WEBでの掲載項目は「新版」に準拠し、刊行当時の内容をそのまま採録しています。このため地名や解釈等で、現在と違う場合もあります。予めご了承の上、お楽しみください。

2021年05月17日(月)

岩手の保健

いわてのほけん

岩手県国民健康保険団体連合会の発行。1947年(昭和22) 病気の治療より、病気にならぬことを狙いとし、菊地武雄らにより創刊。1951年から大牟羅良が編集、病気と生活とは密接な関係があり、農民の生活・考え方のは握に重点をおいた。大牟羅良は著書『ものいわぬ農民』で、農民の本音をえがいて中央で評価される。昭和20年代は結核・伝染病、30年代は乳児死亡、50年代から成人病・老人問題が中心。編集者は内村弘・沢田勝郎と代わった。現在、年3回発刊で132号。

Written by 沢田勝郎

2021年05月16日(日)

岩手の塔

いわてのとう

第2次世界大戦における県出身の軍人・軍属の戦没者は約3万4960人にのぼったが、遺族会や旧軍関係者の間から、大戦最後の激戦地となった沖縄に全戦没者の慰霊塔を建立しようという機運が高まり、 1966年(昭和41) 岩手県戦没者慰霊塔建立期成会が発足、浄財約880万円によって、同年10月20日沖縄県糸満町摩文仁ヶ丘に建立された。主石は川井村荒屋与四郎の提供で、高さ3.7m・幅2m・厚さ0.5m・重量13t の自然石。揮ごうは主石・碑文とも県知事千田正。彫刻は主石が盛岡市高橋仁助、碑文が岩手町佐々木三十郎。その後岩手県遺族連合会(沖縄岩手の塔管理委員会)の主催によって、毎年沖縄戦跡巡拝団を募集し、岩手の塔の前で慰霊祭が行われている。

Written by 大友幸男

2021年05月15日(土)

岩手町

いわてまち

岩手郡。中心部の沼宮内は北上川の上流に位置し、1955年(昭和30)旧沼宮内町・御堂村・川口村・一方井村の1町3村が合併。奥州街道の公認宿駅として明治まで栄えた中心集落沼宮内は、現在でも太平洋岸の久慈市・岩泉町、盛岡市、西根町平館を結ぶ自動車交通の中継点になっており、木材・チップの集散地としても知られる。産業は比較的大規模な製材所が集中しているほか、畑作地帯でかつては南部カンランの主産地であったが、現在は麦・タバコ・アスパラガスなどが生産されている。北部の御堂観音付近に北上川の水源流があり、西には浮島古墳群、今松・仙波堤竪穴(たてあな)住居跡がある。面積は360.93k㎡、人口は2万832人(昭和50)・2万350人(昭和55)・1万9885人(昭和60)。

Written by 佐々木博康

2021年05月14日(金)

岩手日報文化賞

いわてにっぽうぶんかしょう

岩手日報社が新岩手日報として再出発してから10周年を迎えるのを記念し、 1948年(昭和23)に制定した。県内の文化・産業などの発展振興に著しい功績をあげた個人・団体を顕彰しようというもので、当初は社会・学芸・産業・体育の4部門からなっていたが、第5回から体育は体育賞として独立した。賞の選考は岩手日報社内に推薦委員会と選考委員会を設け、慎重・公正に決定する仕組み。賞は正賞として当初は台焼き花びん・置時計だったが、第7回以降、南部鋳鉄の粋を凝らした独鈷釜(どっこかま)となり、毎年11月3日の文化の日に贈呈式が行われる。これまでの主な受賞者は瀬川正三郎・佐藤公一・浅野七之助・新渡戸仙岳・森嘉兵衛・太田孝太郎・鈴木彦次郎・橋本八百二・谷村貞治・宮古漁協・南都田農協・国鉄盛岡工場などである。

Written by 菅原経太郎

2021年05月13日(木)

岩手日報文学賞

いわてにっぽうぶんがくしょう

創刊110周年を記念し1986年(昭和61) 設定。啄木賞・賢治賞・日報随筆賞の3賞からなる。啄木賞・賢治賞は年度ごとに全国で出版された啄木・賢治の研究書や論文を対象に募集(推せんも可)、随筆賞は県民を対象に作品を募り、優れた作品に贈る。啄木・賢治賞は舟越保武作「エリカ」像と賞金30万円、随筆賞は同像と5万円。第1回受賞者は啄木賞が岩城之徳、 賢治賞がシャスティーン・ヴィデウス(スウェーデン人)、随筆賞が三原圭子。第2回は賢治賞・天沢退二郎、随筆賞・沢口たまみ、啄木賞なし。

Written by 及川和哉

2021年05月12日(水)

岩手日報体育賞

いわてにっぽうたいいくしょう

岩手日報社が県内スポーツの振興・発展に功績のあった個人・団体に贈る賞。1948年(昭和23)に制定した岩手日報文化賞の一部門に含まれていたが第5回から分離独立し、1955年からは正賞も大トロフィーとなり、毎年11月3日の文化の日に表彰式がある。受賞者は各種全国大会で優勝、または優秀な記録を樹立した個人・団体、スポーツの振興・育成に特別な功労のあった個人・団体が選ばれる。過去の主な受賞者は岩手国体男女総合優勝の県選手団をはじめ旧盛鉄アイスホッケー部・新日鉄釜石ラグビー部・盛岡工高ラグビー部・岩手町ホッケー協会など。個人では吉田素子・小保内聖子・工藤祐信・八重樫茂生・工藤章・今野安子ら。功労者としては瀬川政雄・藤原哲夫・屋和田正・加藤昌得・村田栄三・長沢(雄二・正夫・常人)兄弟らがいる。

Written by 菅原経太郎